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焦・が・れ・る

親愛なるミナミへ。

君のキモノ姿が、どれだけ美しかったか。僕はショックで眠れなかったんだよ。

そのショックは、分かるかい? 君の美しさを僕が一人占めできる自信がないということに尽きる。しかし、僕は自分の未熟さをきっと克服するから、日本に帰らないで欲しい。

僕は、アフリカ人としての誇りを常に持つようにと母に厳しく育てられたが、それが逆に、自分をブラックだと意識させ過ぎてきたような気もする。

ブラックでもホワイトでもイエロウでも、人間は母親から生まれ、育てられ、子どもから大人へと成長して行く。その過程で様々なことを学ぶのだろうが、置かれた環境での違いは大きいのかもしれない。

しかし、ミナミは気付いたんだね。

自分の苦しみ悩みを、ひとのせいにするのは簡単だよ。

しかしどうしようもないことってあるよね。君が母親に捨てられたこと、施設で悲しい目にあったこと、ショーに引き取られたこと、学校で苛めにあったこと、先生に様々な差別をされたこと。

そんな悩みなんて、こんな子に比べたらって、いくらでもひどい例を上げて、あなたは幸せなのよって慰めようとする人間がいるかもしれないが、それは何の慰めにもならないことを、僕はよく知ってる。僕自身がやられてきたことだし、やってきたことだからね。

ジョンは、僕のすべてに耳を傾けて受け入れてくれて、その上で、僕が大学に入ったら自立して生活できるように、料理に洗濯に掃除に、公共のマナーから人と付き合う時の距離の取り方まで、あらゆる訓練を施し指導してくれた。だから僕は、もうすぐ、彼の家を出て大学の寮に入ることになるのだけど、正直に告白するね。

僕はガールフレンドが一人もできなかった。

いや、自慢するわけではないけど、デイトの申し込みはいくらもあったんだよ。しかし、僕は、自分から付き合いたいと思う子に出会えなかった。

ジョンに言わせると、彼の訓練があまりにも完璧で、それに値するような女性は今のオーストラリア人にはいないからだって。自己主張ばかり強くて料理も掃除も満足にできずに、悪いのは今の社会だと批判ばかりするんだって。

分かる?それって、ジョンの前の妻のことなんだって!

ミナミも、今、笑ったでしょ。

君の笑顔が大好きで、君のことをいつも思っている僕を置いて、日本に帰るなんて、そんなことはしないよね。もし、君がどうしようもない理由でそうしたとしても、僕は諦めないからね。きっと追いかけていく。どこまでもだよ。覚悟してほしい。               

                           

愛をこめて デイヴィッド。

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